神経科学の治験:実現可能性における重要な要因

By Karen McIntyre, Vice President, Global Site Alliances, Launch Excellence
Jaime-Louise Roberts, Feasibility Strategy Associate Director - Neuroscience and Psychiatry Strategic Team Lead
Jessica Sheldon, Senior Feasibility and Strategy Leader

7 min

神経科学の治験:実現可能性における重要な要因

治験はさまざまな理由で失敗する可能性があります。たとえば基礎科学データが不十分、治験デザインに欠陥がある、投与量が至適でない、治験運営に不備がある、患者登録が遅い、患者さんの脱落率が高い、臨床的または商業的価値が証明されていないなどが挙げられます。1 しかし、治験の開始前に治験デザインの実現可能性をしっかり評価することで、神経科学の治験に特有の多くのリスクを軽減したり回避したりすることができます。神経科学の治験の実現可能性を確認するために、治験依頼者は以下の要因に焦点を当てることが推奨されます。

1. 患者さんのニーズ

神経科学の治験における実現可能性は、中枢神経系の複雑さや、バイオマーカーの制限、患者さんの募集の難しさ、アウトカムの測定の難しさにより、特有の課題に直面しています。これらの課題は多くの症状が主観的な性質を有していることと、有効性を証明するために必要とされる試験期間が長いことによって、さらに複雑化しています。

神経変性障がいの予後を改善するためには、早期の診断と治療が最も重要であることを示唆するエビデンスが増えています。そのため神経科学の治験の多くは、新たに診断を受けた患者さんや初期段階の疾患を有する患者さんを対象にしています。しかし、患者さんの疾患の進行状況を正しく理解することが、プロトコルを適応させるうえで非常に重要です。

最近、パレクセルはある治験依頼者と協力し、初期段階のパーキンソン病 (PD) 患者を対象に疾患修飾薬を評価するためのプロトコルを最適化しました。新たに診断を受けたパーキンソン病患者の募集と参加継続に関するワークショップを実施し、治験の適格基準と診断検査スケジュールの分析を行った結果、「治験の対象年齢の範囲が狭すぎることが、スクリーニングを受ける患者数の伸び悩みにつながっている」という結論に至りました。また侵襲的な検査が多すぎるという点も指摘されました。初期段階の患者さんは長い道のりのスタート地点に立っています。多くの患者さんは、単光子放射型コンピュータ断層撮影法を用いたドーパミントランスポーターイメージング (DaT-SPECT) のような、パーキンソン病の病期分類や進行状況のモニタリングに使用される標準的な検査に馴染みがありません。そこで弊社は治験実施施設の患者募集活動を支援するため、診療記録のレビューを行う臨床登録マネージャー (CEM) を配置することを治験依頼者に提言。プロトコルの2回の改訂 (対象年齢の調整を含む) とCEMの配置を経て、治験依頼者は治験を開始し、患者さんの登録目標を達成することができました。

患者さんの負担は治験における重要な要因であり、それぞれの治験によって異なります。そのため治験依頼者が登録期間の中央値を推定するためには、類似治験を検証するだけでは不十分です。たとえば筋萎縮性側索硬化症 (ALS) や小児のデュシェンヌ型筋ジストロフィー (DMD) の治験で、7回の腰椎穿刺が必要だとします。この場合、それが原因で治験参加を選択する患者さんやご家族の数が限られる可能性があります。また文化的な理由によって、ある国での登録が他国に比べて進んでいない場合、治験依頼者はその理由を検討し、治験スケジュールに反映させる必要があります。さらに治験を実施できる施設や治験に関心のある施設が、ごく少数しかない場合も考えられます。その限られた施設が自宅の近くにない大多数の患者さんにとっては、移動が大きな問題となり、登録の遅れにつながります。 

こうした課題を解決する糸口を見つけるには、次のような問いに立ち返ることが役立ちます。この治験は患者さんやご家族にとってどのようなメリットがあるか。別の治療法を探す代わりに、この治験に登録し、継続する動機は何か。治験の負担はどのような精神的、肉体的、感情的、経済的影響を患者さんに与えるか。治験デザインによって、どのように参加への障壁を減らし、登録を促すことができるか。

神経科学の治験における実現可能性は、中枢神経系の複雑さや、バイオマーカーの制限、患者さんの募集の難しさ、アウトカムの測定の難しさにより、特有の課題に直面しています。これらの課題は多くの症状が主観的な性質を有していることと、有効性を証明するために必要とされる試験期間が長いことによって、さらに複雑化しています。

2. 研究対象の疾患

患者さんの募集および参加継続にかかる戦略の相対的重要性は、研究対象の神経科学の適応症によって大きく異なる可能性があります。場合によっては適格な参加者を見つけて登録することのほうが、参加を継続させることよりも難しいかもしれません。反対に特に長期間にわたってデータを収集する必要がある場合には、治験期間を通じて参加者の治験継続を維持することが、より切実な問題となる可能性もあります。

たとえば精神疾患の場合、治験依頼者は患者さんの身体的な健康だけでなく、精神的な健康の複雑さに対処することになり、このような問題は長期的な治験参加に影響を与える可能性があります。精神疾患の治験のほとんどで、20%以上の脱落率が報告されています。2 そのためこれらの治験では、治験期間全体を通じて参加者を維持することが、実現可能性に関して検討すべき最重要事項となります。注意欠如・多動性障害 (ADHD) や自閉症スペクトラム障害 (ASD) を有する子どもや大人は、社会的な交流やコミュニケーションに困難があるため、個々の状況に応じて治験実施施設への来院や評価を調整しなければなりません。またうつ病の患者さんは気分の変化や関心の薄れ、集中困難、疲労などの理由から、定期的な来院や評価が困難であったり、プロトコルを遵守できなかったりする可能性があります。しかし、こうしたリスクは柔軟なスケジュール調整、アプリや電話での個別サポートや予約リマインダー、気分の変化の慎重なモニタリングなどをプロトコルに含めることで対処することができます。共感力があり、危機管理の訓練を受けた施設スタッフの存在も極めて重要です。

パーキンソン病 (PD) や多発性硬化症 (MS) などの神経変性疾患は、患者さんのモビリティに影響を及ぼします。そのため患者さんの募集と参加継続が成功するかどうかは、移動のロジスティクスに左右されます。介助なしでは動けない、または移動できない患者さんが治験に参加するには、ご家族やプロの介護者のサポートが必要です。家族介護者は仕事や子供の世話をしてるかもしれないため、治験依頼者はご家族も参加しやすい戦略を立てる必要があります。ここでは次のような問いを検討することが重要です。患者さん、介護者、ご家族が治験実施施設に行くことができるか。患者さんが評価を受ける施設内のすべてのエリアに容易にアクセスできるか。治験の特定の患者集団にとって、どのようなサポートが最も有用か。

治験依頼者は神経変性疾患や精神疾患における特定のニーズに応えることで、参加者の迅速な募集や参加継続を実現し、高品質なデータを収集することができます。しかし、実現可能性評価において患者さんの状態と介護者の環境を考慮し、治験成功のためのプロアクティブな計画を立てておく必要があります。

3. 治験実施施設の疲弊

治験実施施設の疲弊は、治験における大きな課題の一つです。3  特に大うつ病性障がい (MDD) では、アウトカムを測定するための評価尺度や評価の複雑さから、この傾向が顕著となっています。パレクセルは幻覚剤やケタミンのような即効性のある小分子化合物であるサイコプラストゲンへの関心の高まりによる、大うつ病性障がいの治験の劇的な増加を目の当たりにしています。これらの薬剤は、大うつ病性障がいに伴う不適応行動に関連する神経回路に長期的な効果をもたらすことができます。大うつ病性障がいの患者さんと治験実施施設の確保をめぐる熾烈な競争を受けて、治験依頼者と医薬品開発業務受託機関 (CRO) の間では、従来の施設選定プロセスを補完する治験施設支援機関 (SMO) モデルを採用する傾向が強まっています。SMOは大うつ病性障がいの治験に対応できる施設、治験責任医師、治験分担医師を特定し、各施設のニーズに合った支援を提供します。

最適な施設が特定できたら、施設の事務負担を最小限に抑えることが重要です。施設にとって大きな負担となるのが、治験依頼者やCROから渡される詳細な実現可能性調査票です。調査票は200問に及ぶこともあり、最近完了した場合でも新たに要求されることが多いため、施設の調査疲れにつながっています。パレクセルの昨今の経験と施設からのフィードバックにより、多くの施設が調査の受付を中止していることが明らかになりました。

治験実施施設の疲弊に対処し、施設の実現可能性テストをより効率化するため、弊社はサイトアライアンス ニューロサイエンスネットワークを開発しました。これは中央集中型の社内データベースで、神経科学治験の厳格な基準を満たす認定施設のリストを継続的に更新しています。また各施設がいつ実現可能性データを提出したかを追跡し、変更があった場合にのみ情報を更新できるようにすることで、施設の時間を尊重すると同時に、弊社が最新の情報を適時に入手できる体制を整えました。これは施設の選定や、治験開始にかかる時間の短縮にもつながっています。

大規模な施設を疲弊させる別の要因として、看護師などの患者さんと接する役職と比較して、リソース管理スタッフの離職率が高いことが挙げられます。これらのスタッフは若い新卒者であることが多く、燃え尽き症候群になりやすい傾向にあります。その結果、治験中にリソース管理スタッフを失う施設が多く見られます。弊社では治験依頼者に対し、次の2つの方法でこの問題に対処することを推奨しています。1つ目は業務の管理とプロセスの合理化、そして経験の浅いスタッフの教育を担当するCEMを配置し、施設を支援することです。2つ目はスタッフの勤務時間の増加または経験豊富な人材を採用するための資金を援助することです。補助資金は時間外労働費や熟練スタッフの臨時的な補充費用、より持続可能でスタッフの燃え尽きを最小限に抑える業務分担の見直し費用などに充てることができます。

4. 治験実施施設のパフォーマンス

治験依頼者にとって治験実施施設のパフォーマンス統計情報は、施設が募集や登録、治験完了の期限を守ることができるかどうかを判断するのに役立ちます。

パレクセルでは独自の治験責任医師インテリジェンスプラットフォーム「Landscape」を使用し、複数の業界ソースと弊社の内部データから詳細な業績データを収集しています。このデータベースにより、治験責任医師や治験実施施設の過去および現在の能力や実績を包括的に把握することができます。また各国の標準治療 (SoC) の変化、適応症における患者獲得競争の見通し、治験薬に対する科学的関心の度合いなどのリスクを特定することにより、危機管理計画を策定できるようになります。これらの要因は、施設の意欲やパフォーマンスに影響を及ぼします。弊社ではこのデータを活用し、最適な施設を選定するための効果的なデータ主導の戦略を提案しています。

たとえば弊社では過去5年間、パーキンソン病に伴う軽度認知障害 (MCI) を有する患者さんのサブセットを対象とした治験を含め、パーキンソン病の新規治療法に関する数々の治験を実施してきました。その際にLandscapeデータベースを用いることで、必要な参加者のサブセットの募集が可能で、かつプロトコルで要求される能力を有する施設を絞り込みました。さらに計画された治験に対する施設の関心度を評価しています。

弊社のデータベースの特徴は、各施設の専門分野や疾患進行における特定の能力に関する詳細なデータにあります。最近の治験はより小規模な患者サブ集団を対象とする傾向が強まっていますが、疾患の進行度に基づく患者さんの層別化などは非常に複雑で、正確な診断ツールと高度なスキルを持つ技術者を必要とします。

実現可能性の調査は通常、データ主導で行われますが、神経科学の治験では分析に加えて、治験責任医師や施設との確かな信頼関係も求められます。これらの治験は複雑で施設訪問も頻繁にあり、神経科学は競争の激しい分野です。そのため弊社は、神経科学のサイトネットワークで永続的な関係を築くことが成功の重要な鍵であるという結論に至りました。弊社では神経科学の訓練を受けた医療従事者、ソリューションコンサルタント、アライアンスネットワークマネージャーと連携し、優良施設との継続的な関係を確立しています。

実現可能性の調査は通常、データ主導で行われますが、神経科学の治験では分析に加えて、治験責任医師や施設との確かな信頼関係も求められます。これらの治験は複雑で施設訪問も頻繁にあり、神経科学は競争の激しい分野です。

5. 評価者のトレーニング

神経学的および精神医学的評価を実施するための施設スタッフのトレーニングは、治験を成功させるために不可欠です。神経科学の治験の主要評価項目と重要な副次的評価項目は、多くの場合、死亡率や生存率のような直接測定可能なアウトカムではなく、疾患や病状の重症度、認知機能、症状の変化を捉える機能評価尺度です。

評価者は評価尺度を使用して、経時的な「臨床的に有意な最低限」の差異を捉える必要がありますが、評価尺度の科学的妥当性と一貫性は評価者の質と一貫性に左右されます。5 神経科学の治験の評価者は臨床経験年数にかかわらず、特定の評価尺度に関するトレーニングを十分に受ける必要があります。6 また評価者のトレーニングは、すべての治験実施施設間で標準化されていなければなりません。

たとえば統合失調症の認知障害 (CIAS) を有する患者さんは、来院時にMATRICSコンセンサス認知機能評価バッテリー (MCCB) による評価 (90分間の検査) を受ける可能性がありますが、MCCBを含む来院は6時間にも及びます。MCCBは複雑で新しい評価尺度であるため、評価者が正確に一貫して使用し、高い評価者内信頼性を得るには広範なトレーニングが必要です。統合失調症患者は妄想にとらわれ、他人を信頼することができないことが多いため、治験全体を通じて、十分なトレーニングを受けた同じ評価者が同じ患者さんの評価を行うことが重要となります。統合失調症の認知障がいの治験では、評価者のトレーニングと一貫性を優先することが、データの質と患者さんのウェルビーイングを確保することにつながります。

パレクセルでは評価者トレーニングは実現可能性テストの中核をなすと考え、トレーニングについて神経科学ネットワークの登録施設と常に意見を交わしています。

6. FDAによって義務付けられた多様性

FDAは治験において人種、民族、年齢、性別の多様な患者さんを登録することを義務付けています。神経科学における多様性にはこれらの要因に加え、疾患進行、併存疾患、ポリファーマシー、ボディ マス インデックス (BMI)、障がいなどの重要な側面が含まれます。実現可能性分析には、FDAによって義務付けられた多様性要件を満たすか、それを超えるしっかりとした戦略が含まれていなければなりません。そうすることで規制当局による審査を円滑に進め、医療保険償還を支援することができます。

疫学調査は特定の民族集団に影響を及ぼす疾患を特定できます。一方、医学文献レビューは有病率や発生率を特定できます。保険金請求データは、治験責任医師が社会的マイノリティ集団に相対的にどれだけアクセスできるかを特定するのに役立つため、代表性のある登録を支援できるように最適な治験実施施設の評価に組み込まれています。2022年に弊社は、治験依頼者が双極性障害の研究における初の多様性計画を策定できるようにサポートし、その後も数多くの計画に携わってきました。

時として治験依頼者は多様な患者さんを登録するために、認知度の低い施設で治験を実施する必要があります。パレクセルでは治験実施経験の少ない施設や認知度の低い施設を支援する計画を策定し、コミュニティへのアウトリーチ活動を計画しています。まず特定の適応症でトップクラスの実績を上げている10施設をリストアップし、次に疾患のステージ別にどの施設が専門性を有しているかを特定します。患者さんの特定に高度な診断ツールやバイオマーカーを使用する治験の場合、参加できない施設があるかもしれません。

実現可能性テスト実施によるリスク緩和

実現可能性分析は治験依頼者にリスクを知らせる1つの手段です。リスクを正確に特定し、定量化することで、行動への推進力が生まれます。治験デザインについて「実現が難しいかもしれない」と示唆するだけでは不十分です。高品質な実現可能性テストは、治験依頼者がプロトコルを最適化するのに役立ち、見落とされがちな危機管理計画を策定できるようにします。

Contributing Expert