神経科学の多様性を高めるために必要とされるより広範な定義

By Xoli Belgrave, Executive Director, Drug Development Services

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神経科学の多様性を高めるために必要とされるより広範な定義

神経科学の治験における多様性の実現について、パレクセルのシニアディレクターで患者インクルージョン責任者であるXoli Belgraveに専門家としての意見を聞きました。

質問:神経科学における多様性をどのように定義していますか?

神経科学の治験における本当の意味での多様性は、人種、民族、性別を超えるものです。これには、年齢、見た目でわかる障がいとわからない障がい、文化の違い、社会経済的状況も含まれます。 

神経科学の治験は、アルツハイマー病 (AD)やパーキンソン病などの加齢に伴う疾患を対象とすることもあれば、 筋萎縮性側索硬化症 (ALS)や多発性硬化症 (MS)のような神経変性疾患、そして大うつ病性障がい (MDD)や双極性障害のような精神疾患を対象とすることもあります。これらの適応症に対して、多様かつ代表的な患者集団を登録するためには、次のような能力を持ち、自分の限界を理解して行動できる人々を含めることが必要です。

モビリティ

神経系の問題や疾患の進行は、患者さんのモビリティに影響を与える可能性があります。しかし、神経性運動障害のために車椅子に乗っているからといって、思考力や理性が低下しているとは限りません。

認知能力

思考力の低下した患者さんは、治験の要件や科学的根拠を理解できないことがあり、同意説明文書の取得やコンプライアンスに支障をきたす可能性があります。そのため、治験中に精神状態が悪化した場合の対応策を講じておくことが重要です。

コミュニケーション能力

多発性硬化症や筋萎縮性側索硬化症のような神経変性疾患、うつ病の悪化などにより、治験中に自己擁護能力が変化することがあります。これは医療従事者から受けるケアに悪影響を及ぼす場合もあります。

技術能力

治験業界でも紙からデジタルへの移行が進んでいます。しかし、技術的なスキルを必要とする機器やアプリ、ウェアラブルデバイスは、認知症などの疾患を持つ患者さんには難しいかもしれません。

質問:標準的な適格基準は多様性を妨げる要因となるでしょうか?

標準的な適格基準では、モビリティ、認知能力、コミュニケーション能力、技術能力が低い患者さんが除外されることがよくあります。しかし実際には、神経疾患の患者さんの多くが、これらの領域の1つ以上で問題を抱えています。

企業によっては、可能な限り「クリーン」なデータセットを入手するために適格基準を用いることがあります。これらの企業は多様性を最小限に抑えれば、それだけ安く、早く、簡単になると考え、市販後の治験でギャップへの対応を計画しています。

一部の除外基準は患者さんの安全を確保するためのもので、これらは変更できませんが、それ以外の除外基準は不要かもしれません。高血圧や高コレステロール、過体重などの併存疾患を有する患者さんは、治療薬の有害事象プロファイルに対してまったく影響がないわけではありませんが、実際の患者さんに近似した一般化可能なデータを得ることができます。加齢に伴う疾患の治験では、適格基準が厳しすぎると、対象の患者集団を代表しない平均よりも若くて健康な参加者が継続的に登録されることになります。1

適格基準が包括的であっても、選定バイアスは危険です。たとえば治験責任医師が、ご家族のサポート体制がしっかりしている大うつ病性障がい患者を優先的に登録したとします。このような患者さんは治験を完了できる可能性が高いですが、すべての大うつ病性障がい患者に頼れる家族がいるわけではありません。治験薬は承認後にこうした患者さんも利用できるものである必要があります。また重篤なうつ病患者の多くは、治験に参加することはありません。

適格基準や除外基準は、以前の治験からそのまま流用されることが常態化しています。弊社では治験依頼者に対し、新しい治験を行うたびに基準を慎重に再検討することを推奨しています

標準的な適格基準では、モビリティ、認知能力、コミュニケーション能力、技術能力が低い患者さんが除外されることがよくあります。しかし実際には、神経疾患の患者さんの多くが、これらの領域の1つ以上で問題を抱えています。

質問:治験実施施設の選択とパートナーシップの構築により、多様性を高めることはできますか?

具体的には次の2つの方法があります。1つ目は多様な集団に対応する治験実施施設を選ぶこと、2つ目はそうした治験実施施設が対象の患者さんを受け入れられるようにサポートすることです。

パレクセルでは実際のデータ (RWD)を利用して、治験を実施できる都市部、郊外、農村部の治験実施施設の組み合わせを特定しています。複雑な神経科学の治験では、治験実施経験の豊富な施設が必要ですが、対象集団が大きければ、経験の少ない施設に協力を依頼する必要があります。もちろんその場合は、治験責任医師や施設スタッフのトレーニングを行わなければなりません。

最近、神経科学の第III相試験を開始した後にFDAから新しい多様性ガイドラインが発表され、急遽対応が必要となった治験依頼者とお仕事をする機会がありました。弊社がまず行ったのは、追加の施設を特定し、経験豊富な施設の治験責任医師と経験の少ない施設の治験責任医師が連携できるハイブリッドネットワークを提案することです。またコミュニティへのアウトリーチ活動に必要なリソースを施設に提供することで、登録を促進するお手伝いをしました。

治験依頼者は治験に必要な多様性を達成するために、特定の施設の負担に対応しなければならない場合もあります。たとえばアルツハイマー病や認知症患者の来院は、他の疾患の来院よりも時間がかかります。アルツハイマー病患者の評価来院では、1日に2人しか対応できないというケースや、施設スタッフや治験参加者の休憩回数を増やさなければならないケースが考えられます。このように神経科学の治験は、他の治験よりも時間がかかり、収益性が低くなる可能性があります。治験依頼者は施設へのインセンティブとして、報酬を支払う必要があるかもしれません。

多くの神経疾患の患者さんは見た目でわかる障がい以外にも、さまざまな障がいを抱えています。Society for Clinical Research Sites (SCRS)は最近、Diversity Site Assessment Tool (DSAT)の項目に障がいを追加しました。経験豊富な施設であっても、さらなるトレーニングが必要で、治験依頼者がそれを提供しなければならない場合もあります。弊社でも最近、筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患の治験を専門に行う施設に対し、障がいを持つアメリカ人法 (ADA)のアクセス要件を満たすだけでなく、言葉の作法や施設の準備体制を取り入れる方法についてトレーニングを行いました。

質問:多様性のある神経科学の治験は、他の治験よりも費用がかかるものですか?

はい。ですから、ニーズと予算のバランスを取ることが重要です。コストをいとわず、多様性を最大限に高めた患者参画型治験を希望する治験依頼者もいれば、開発中の化合物が1種類しかなく、予算が限られている治験依頼者もいます。後者が「この医薬品の承認を得るために最低限必要な多様性のレベル」を検討するのは当然のことです。

弊社ではまず、どれくらいの費用をかけられるか、治験依頼者と予算について話し合うことから始めます。患者募集、エンゲージメント、継続的な参加を向上させるための戦略の多くには費用がかかるため、これは非常に重要です。たとえば弊社が最近実施した認知症の治験では、患者さんは評価のために午前中に来院し、午後にミニメンタルステート検査 (MMSE)を受けるようプロトコルで規定されていました。脱水と疲労は認知症を悪化させ、MMSEスコアを低下させるため、患者さんは来院中に何か食べたり飲んだりする必要がありました。そこで弊社は患者さんに交通費を支給し、食べ物や飲み物を提供することを治験依頼者に提案しました。

治験依頼者によっては、治験に参加する一部の患者さんの交通費や支援サービス、あるいは患者負担費用の一定の割合しか補償できない場合があります。弊社はそれぞれの予算と募集予測に配慮しています。患者さんの費用が十分に補償されていない場合、しばしば継続的な参加や治療コンプライアンスに関する問題が生じることもあるからです。

ニーズと予算のバランスを取ることが重要です。コストをいとわず、多様性を最大限に高めた患者参画型治験を希望する治験依頼者もいれば、開発中の化合物が1種類しかなく、予算が限られている治験依頼者もいます。

質問:神経科学の治験における多様性を阻害するその他の要因は何ですか?

私たちが選択できる患者さんは、期待するほど多くなく、多様でもありません。多くの人々にとって、一番の難関は自分自身や大切な人が診断を受けることです。近年、加齢に伴う疾患の進行を遅らせるには、早期の診断が最も重要であることを示唆する科学的データが増えています。多くの場合、患者さんやそのご家族は重大な症状に気づきません。神経変性疾患の発見や診断が遅れると、早期の治験参加が難しくなります。

文化が違えば、老いや尊厳に対する考え方も異なります。一部の文化では、医療の助けを求めるよりも求めないことのほうが尊厳があると考えられています。日本における認知症への対応は、英国やアフリカの国々とは大きく異なります。認知機能の低下に気づかないふりをしたり、気にしないふりをしたりすることが、年長者に対する敬意と気遣いだと考える家庭もあり、治験参加を妨げる要因となっています。

医療制度に対する信頼もまた、人種や民族によって異なることがあります。認知症と診断されるまで病院に行ったことがない人は、検査の結果を信用できないかもしれません。結果が白黒はっきりしている腫瘍学と違い、神経科学のバイオマーカーは複雑な倫理的問題を引き起こします。たとえばアルツハイマー病の場合、あるバイオマーカーが陽性だったからといって必ず疾患が発症するわけではありません。提供できる治療法がないかもしれません。適応症が認知症であれ、その他の変性疾患であれ、治験担当者は他の治療分野よりも委任状などの法的問題に頻繁に対処しなければなりません。

医療制度に対する信頼もまた、人種や民族によって異なることがあります。認知症と診断されるまで病院に行ったことがない人は、検査の結果を信用できないかもしれません。

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