今日、神経疾患や精神障がいの診断、予後予測、モニタリングは、主観的な臨床検査や尺度、画像検査、時には液体バイオマーカーを用いて行われています。これらの方法により、医師は定期的な来院時や急性事象の発現時に患者さんの健康状態のスナップショットをとることはできますが、日々の生活における疾患活動性を捉えることはできません。また、医師による検査の実施方法やスコア付け方法に内在するバイアスや差異も、主観的な検査や尺度に影響を与えます。
デジタル バイオマーカーおよびハイブリッド バイオマーカーは、ウェアラブル デバイス、センサー、スマートフォンなどのモバイル デバイスやリモート デバイスを通じて客観的な生理学的データや行動データを収集します。神経科学分野の治験において、患者さんの歩行、バランス、活動、睡眠、発話パターン、視覚、嗅覚、気分を測定することによって患者さんが日常生活でどのように歩き、話し、感じ、見ているかに関するデータを収集すれば、主観的な評価尺度や断続的な指標をより客観的かつ継続的なデータで補強 (または代替) できます。デジタルおよびハイブリッド バイオマーカーは、遠隔地や自宅での受動的および能動的モニタリングを使用して疾患進行の変化をより早期に正確に捉える可能性を秘めています。これによって患者さんの負担が軽減され、来院回数の減少によって治験のコストが削減されます。また、短期間の小規模な治験が可能になり、治験依頼者は適応型治験に関する決定をより迅速に下すことができます。このようにデジタル バイオマーカーやデジタル指標を利用した適切にデザインされた治験を実施できるようになれば、ROIを大幅にプラスにする機会が生まれます。
デジタル バイオマーカー (DBx) は、幅広い神経疾患や精神障がいに役立つ可能性があります。特にパーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性障がいにおいては、現在の方法では検出不可能 (あるいは実質的に検出不可能) な疾患の早期兆候を検出できる可能性があるため、DBxの応用は非常に期待されています。これらの疾患は、通常は初期兆候や症状が認識されず、患者さんが重大かつ不可逆的な機能低下に陥って初めて診断されます。DBxを使用すれば、気分障がいの症状を長期にわたって測定することもできます。気分障がいの症状は日によって大きく変わるため、これは有益です。
デジタル バイオマーカーの多くは未だ発展途上
患者さんに価値をもたらす神経科学の治療法を特定し、それを迅速に実施するには、DBxやデジタル指標を単なる野心や目標を掲げる段階から実際に具体的な成果や影響を生み出す段階へと進歩させる必要があります 1 。このようなソリューションのうち、臨床的および分析的にすでに検証されているものはごくわずかで、多くがまだ進化の途上にあります。治験依頼者は、規制上のリスク、開発コスト、製品スケジュールを管理しながら妥当な投資利益率 (ROI) を達成しなければならないため、新たなデジタルデータの収集に慎重になるのは当然のことです。
このような現状を打開するには、DBxを開発・評価して治験に組み込み、承認後の商業化の機会を検討し、DBx検証プロセスが今後どのように進化していくかを予測する戦略的な計画が必要となります。パレクセルとHealth Advancesはこれまで、大手製薬会社や新興バイオ医薬品企業に対し、リスクを軽減してコストを抑えながらDBxの可能性を実現するためのアドバイスを提供してきました。
以下に効果的な3つの戦略をご紹介します。
デジタル バイオマーカーやデジタル指標を最も価値を発揮できる領域で活用
多くの治験依頼者はDBxやデジタル指標に投資すれば臨床開発が加速し、治験で使用したソリューションを商業的に展開し、より迅速に普及させることができると考えています。しかし、必ずしもそうとは限りません。
確かにDBxの中には、開発段階で大きな価値を付加するもの—治験の効率を向上させ、継続/中止の意思決定を迅速化するもの—があります。しかし、現在の臨床現場、技術へのアクセス、その他の交絡因子を考えると、DBxの実臨床への導入はまだ現実的ではありません。DBxが商業的な文脈で価値を付加できるかどうかを理解するには、技術の現在の検証レベル、生成されるエビデンスの質、プロダクト マーケット フィット、実臨床への導入と償還の可能性、ビジネスモデルの実現可能性、市場進出戦略を検討する必要があります。
最近、ある製薬治験依頼者とそのデジタル治療パートナーが、AI/MLアプローチを使用して、ウェアラブル デバイスのセンサーデータから慢性炎症性疾患の疼痛を客観的に評価するアルゴリズムを開発しました。パートナー企業は、このツールの妥当性とデバイスの使い勝手に関する患者さんからのフィードバックを検証するため、トレーニングデータとテストデータを収集する観察パイロット試験を実施。その結果、定期的な来院より価値の高いデータを生み出す新たな指標が見出されました。この指標は参加者の疼痛の認識に関する継続的なフィードバックを提供し、臨床試験における探索的評価項目として治験に組み込むことや、臨床開発における意思決定に役立つ可能性があります。
またパートナー企業は、この技術が標準治療では十分な効果を得られない患者さんをより迅速に特定するという点で、疾患のモニタリングや治療の改善に貢献するかどうかも検討しました。しかし、そこでいくつかの課題に直面します。まず、保険者からDBxの償還を受けるには十分なエビデンスが必要となるため、パートナー企業はさらに広範な試験を実施する必要がありました。次に確実に償還されるかわからない、または償還が不十分で、なおかつ新しいワークフローやプロセスを持ち込む可能性のある新たな技術は、医療提供者に必ずしも受け入れられず、むしろそのようなイノベーションは積極的に阻害される可能性があります。最後にDBxを市場投入するということは、医師と保険者の限られた関心や関与を得るために競争しなければならないことを意味します。
この斬新なデジタルデータ収集ツールは、臨床開発においては大きなROIをもたらしました。しかし、商業的な応用は予想以上に困難で、患者さん、医療提供者、保険者のアンメットニーズ、動機、財務的制約を明確にしなければなりませんでした。
自社の開発戦略に適した技術パートナーを選択
デジタル バイオマーカーおよびデジタル指標の市場環境は急速に進化しており、投資やパートナー探しを検討している企業は、豊富な選択肢の中から革新的な技術やビジネスモデルを選ぶことができます。これらを選択する際は、デジタル技術の革新性、検証、拡張性、技術力、ハードウェアの可用性と適合性、使いやすさのレベルを考慮する必要があります。予算が限られている新興企業は、DBxが従来の主観的な尺度や評価に取って代わるとは考えるべきではありません。従来の尺度や評価のほとんどは、少なくとも今後5年間は必要とされ続けます。
最近、ある大手バイオ医薬品企業から、複数の神経科学適応症に対する新たなDBxソリューションの状況を評価するよう依頼されました。この企業は特に研究開発において、DBxの使用を加速させる方法と、特定の技術やパートナーが自社の事業利益をどのように増進させるかを知りたいと考えていました。また、DBx企業を買収してDBxを独自に開発するのではなく、自社の事業利益と一致する範囲内で、DBxの開発を促進することを望んでいました。
弊社はまずDBxスタートアップの状況を評価し、治験の合理化や疾患進行に対する理解の拡大につながる可能性のあるDBxを開発している企業を特定。各DBxの成熟度を評価した後、クライアントに対してPoC (概念実証)技術は避け、リスクが低く短期的なビジネスポテンシャルが大きい技術に照準を合わせるよう助言しました。さらにスクリーニングと診断、疾患活動性、予後などのDBxの考え得る用途に基づいてソリューションを階層化。また、クライアントの神経科学ポートフォリオに含まれる各種アセットの研究開発を加速させる可能性のあるソリューションとパートナーのリストも提供しました。この調査によってさまざまなパートナー候補が、検証レベルの異なる多種多様なセンサーや指標に取り組んでいることがわかりました。近い将来治験で利用するためには、検証が不可欠です。そのため、歩行などの確立されたセンサーや指標を扱っているパートナーは、明らかに有利でした。新しい指標、特にマルチモーダル指標を探索している企業は、検証が進んでいない傾向があり、今後すぐに治験で利用する機会は限定されます。
デジタル バイオマーカーまたはデジタル指標を臨床開発プログラムに組み込むと、当初はコストが増加する可能性があります。これは現時点では従来の指標をこれらの指標で置き換えられない場合が多いためです。しかし、治験依頼者が手にする情報と比較すると、これは価値のある投資となり得ます。これらの評価項目が探索的から副次的、そして最終的に主要評価項目へと移行するにつれて、治験コストに対するROIはプラスに転じます。
また、患者さんに対する追加的な影響を考慮することも重要です。受動的に収集されるDBxやデジタル指標は患者さんにほとんど負担をかけませんが、能動的に収集される指標の中には、患者さん自身がより体系的かつ一貫した方法でデータを収集しなければならないものがあります。たとえば、12週間の治験期間中に患者さんに1日に1回スマートフォンに3つの文章を読み上げて発話パターンを記録してもらうことと、毎晩就寝時に脳波を測定するヘッドキャップを着用してもらうことは、まったく別の事柄です。治験依頼者は、デジタルデータ収集の負担、コスト、メリットを、従来の方法やバイオマーカーによるデータ収集の負担、コスト、メリットと比較検討する必要があります。
商業展開の現実を理解する
DBxやデジタル指標の商業的応用を成功させるのは容易ではなく、保険の適用範囲と償還、医師の理解、患者エンゲージメントを得るには、有意義なエビデンスが必要となります。エビデンス生成のためにデジタル バイオマーカーを導入することは、治験にスマートウォッチを追加するよりも複雑です。これには運用上の専門知識、患者さんと治験実施施設の専門的なトレーニング、継続的な技術サポートとトラブルシューティング、高度なデータ分析が求められます。
疾患進行、薬剤の副作用、有害事象をより早期に、またはより正確に検出できるDBxやデジタル指標を特定した企業は、そのツールをブランド化し、より多くの患者さんに効果的な治療を提供する可能性を獲得できます。パレクセルとHealth Advancesは、戦略的なガイダンスを提供し、エビデンス生成へのアプローチ、収益創出への道筋 (従来の市場アクセスを含む)、現実的なビジネスモデルの選択について助言しています。
弊社は最近ある治験依頼者に対し、患者さんの治療継続を妨げる疾患の一般的な後遺症を特定するデジタルバイオマーカーの戦略についてアドバイスしました。その際、保険者や医師による採用を後押しする戦略を策定するために、患者さんを含むすべてのステークホルダーに対して創出されるインセンティブと価値を特定しています。別のクライアントからは、既存の臨床指標を解釈して進行性心血管疾患の患者さんを早期に特定するAIアルゴリズムについてアドバイスを求められました。このケースでは医療制度内での商業化を支援するため、診療報酬コード、保険適用範囲、契約に関する戦略を構築しました。
競争優位性をもたらす可能性を秘めたデジタル バイオマーカー
Digital Medicine Society (DiME) によると、現在治験で試験されているデジタルセンサー由来の評価項目は500以上にのぼり、その多くは主要評価項目です 2 。ある報告書では2010年から2020年にかけて、神経学の治験におけるデジタルヘルス技術の使用は年平均39%の成長率を示したと推定されています。特に使用率が高かったのは、パーキンソン病、アルツハイマー病、多発性硬化症、およびてんかんの治験でした 3。
リスクが高くコストもかかる神経科学の臨床開発プロセスにおいて、DBxは開発を効率化し、商業的な実現可能性を高める可能性があります。新たなDBxを臨床開発に組み込むことにはある程度のリスクが伴いますが、急速に進化するこれらの技術に早期に投資する企業は、投資しない企業よりも競争上の優位性を得られる可能性があります。
Contributing Expert