治験を加速させるイノベーションは、腫瘍学やその他の治療分野において今や不可欠となっています。適応的デザインを使用したバイオマーカー主導の治験は、特定の患者集団における有効性を検証するのに効果的で、安全性評価や用量設定から有効性評価のフェーズへとシームレスに移行することができます。たとえばCOVID-19ワクチンの開発では、さまざまな工程と意思決定を並行して進めるシームレスな国際共同第I/II/III相試験デザインを採用したことが、迅速な開発と生産につながりました。
神経科学の治験は、依然として従来どおりの方法で行われています。これは神経疾患、神経変性疾患、精神疾患の多様性や、実際に活用できるバイオマーカーが相対的に少ないことが原因です。しかし、適応的アプローチとバイオマーカーによって治験デザインを最適化し、開発を効率化することができます。
この分野における最近の進展として、アルツハイマー病 (AD)、多発性硬化症 (MS)、大うつ病性障がい (MDD) における新しい血液バイオマーカーや画像バイオマーカーなどの登場が挙げられます。これらの進展は、異分野間の協力により、さらなる革新を遂げるときが来たことを示唆しています。パレクセルでは治験依頼者に対し、革新的な治験デザインや新しいバイオマーカー、外部データの活用により、神経科学分野での医薬品開発を加速させる方法を提案しています。
革新的な治験デザイン
革新的な治験デザインでは、複数の疾患や患者サブグループにおいて、複数の化合物に関する、複数の疑問を解決することができます。プロトコルの「適応的」修正を事前に規定しておくことで、中間データ分析に基づき、治験中にプロトコルを変更することが可能になります。具体的には症例数を増やしたり、効果がない、または望ましくない副作用を呈している群を早期中止したりすることができます。このような適応的な治験デザインでは、生物統計家、臨床運営チーム、データ管理チーム、医療専門家、プロジェクトリーダー間の緊密な連携が求められます。
適応的な治験デザインは、病因、病期、進行についての詳細な理解を必要とするため、神経科学分野の治験ではまだ広く採用されていません。がんの治験では、バイオマーカーデータが治験の適応的デザインを促すきっかけとなりましたが、多くの神経疾患 (特に神経変性疾患や精神疾患) では、検証済みの実用できるバイオマーカーがまだ見つかっていません。
パレクセルでは神経科学の治験依頼者と協力して適応的デザインを採用し、短期および長期のアウトカムに対する治験薬の影響を測定しています。最近ではてんかん治療薬の2種類の投与量をプラセボと比較評価する第II相試験で、適応的デザインの立案をサポートした例があります。治験の最初のパートで痙攣発作の減少という標準的な評価項目で有効性を測定し、12週時点で中間解析を行いました。発作の減少が認められなかった用量は投与を中止し、認知機能と気分の評価項目に対する治験薬の影響を長期にわたって評価する予定です。この適応的デザインにより、治験依頼者は従来のてんかんの治験では把握できなかった重要な臨床評価項目や併存疾患に対する治験薬の効果を評価し、将来の開発に有用な情報を効率的に収集できるようになりました。このプロトコルにおける適応的修正は、治験薬固有の作用機序を基に行われましたが、デザイン自体は広く応用できます。
弊社は最近、従来のてんかんの治験では把握できなかった重要な臨床評価項目や併存疾患に対する治験薬の効果を評価できるよう、てんかん第II相試験の適応的デザインの立案をサポートしました。
新規バイオマーカー
初期段階の医薬品開発は通常、前臨床研究から安全性の検証、概念実証 (PoC)、薬物動態/薬力学 (PK/PD) の評価へと直線的に進み、最後に確認試験で至適用量を決定します。しかし、バイオマーカーデータを使用すれば、医薬品開発の継続と中止の意思決定をよりスマートかつ迅速に行えるようになります。
近年、新規バイオマーカーに対するFDAの承認は以前ほど厳格ではありませんが、治験依頼者はその目的と制約に注意しなければなりません。従来または革新的な初期段階の治験 (第I/II相統合試験、適応型試験など) で使用するバイオマーカーを選択、テスト、確立するためには、規制当局と早期に連携し、根拠やデータを検証することが重要となります。
パレクセルでは、米国の迅速承認 (AA) やEUの条件付き販売承認 (CMA) の取得を目指す治験依頼者に対し、バイオマーカーを代替評価項目として利用できるかどうかを評価するよう推奨しています。治験薬がアンメットニーズの高い患者集団に対応しており、病態が十分に解明され、バイオマーカーが科学的に理にかなっていれば、規制当局はより柔軟な措置を取る可能性があります。しかし、AAとCMAの規制パスウェイは、慎重な計画を必要とします。従来の承認制度向けの評価項目でデザインした治験で予想外のアウトカムが得られた場合、治験依頼者がAAやCMAへの切り替えを望んだとしても、規制当局がそれを許可する可能性は低いでしょう。
弊社では米国の迅速承認やEUの条件付き販売承認の取得を目指す治験依頼者に対し、バイオマーカーを代替評価項目として利用できるかどうかを評価するよう推奨しています。
神経科学では新しいバイオマーカーの発見が急速に進んでおり、患者ケアの向上につながるさまざまな治験で患者さんの層別化や代替評価項目の確立に活用されています。たとえばある治験依頼者は、うつ病患者さんの脳内ネットワークをマッピングするために、連続波多重エコー機能的磁気共鳴画像 (fMRI) スキャンをはじめとする高精度脳機能マッピングツールを使用することにしました。その結果、大脳皮質に存在する「顕著性ネットワーク」と呼ばれる脳回路が、うつ病患者は健康な人の2倍の大きさになっており、うつ症状の予測の利用できる可能性が明らかになりました。別の治験では、アミロイド確率スコア2 (APS2) というラボで分析できる簡単な血液検査により、アルツハイマー病の病態を91%の精度で検出できることが実証されました。認知症専門医による診断精度は73%、プライマリケア医師による診断精度は61%に留まっており、大きな改善となっています。
信頼性の高いバイオマーカーは、治験デザインと患者ケアを最適化する手段として大きな可能性を秘めています。
開発効率の向上
最近の報告によると、現在 アルツハイマー病の治療薬候補として、第I相から第III相までの合計164件の治験で127種類の化合物が研究されています。その内訳は26件の第I相試験で25種類、90件の第II相試験で81種類、48件の第III相試験で32種類です。これらの進行中のアルツハイマー病治験では、合計51,398人の参加者を必要とします。アルツハイマー病のほかにも、経済的・社会的負担をもたらす神経系および脳疾患はたくさんありますが、患者さんの募集が医薬品開発のボトルネックになっています。
解決策の1つは別々の治験を1つのプラットフォーム治験に統合して、複数の治療薬を同時に単一の対照群と比較することです。その良い例が Healey ALS Platform Trialです。共通のプラセボ群とインフラストラクチャを利用して、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) を治療するための治験薬やレジメンを検証する永続的な適応型治験で、ALSの専門家チームが新しい治験薬の選定を継続的に行い、マスタープロトコルに順次追加しています。
開発を加速させるもう一つの方法は、完了した治験の治療群と対照群から得た匿名化された患者データを組み合わせることです。Pooled Resource Open-Access ALS Clinical Trials Database (PRO-ACT) には、29件の第II/III相試験から得た11,600症例以上の記録が登録されています。PRO-ACTに集積された評価項目に関する情報は、将来の治験デザインの指針となり、治験の効率化に役立ちます。
神経科学の分野では、リアルワールドエビデンス (RWE) と人工知能 (AI) を利用して外部対照データを取得し、治験に必要な患者さんの参加者数を減らすことでも、医薬品開発の加速化を実現できます。
たとえばある治験では、アルツハイマー病の進行に関する確率的深層学習モデルを使用し、完了済みの第II相臨床試験のプラセボ群のアルツハイマー病患者184名分のベースラインデータを基に、デジタルツイン仮想治療群におけるアウトカムを予測しました。別の治験では、デジタルツイン脳が神経疾患患者の診断、治療、予後の改善と潜在的な病態メカニズムの検証に役立つ可能性が示唆されています。
治験依頼者は、規制当局と連携して革新的な治験デザインの導入と新規バイオマーカーの開発、RWEやAI支援ツールを駆使した有効な外部対照データの収集を推進することで、医薬品開発を加速させることができます。
患者さんの募集が医薬品開発のボトルネックになっています。解決策の一つは、別々の治験を1つのプラットフォーム治験に統合して、複数の治療薬を同時に単一の対照群と比較することです。
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