がんバイオマーカーの開発を加速させる新しいオミクスデータとディープラーニング

By Angela Qu, M.D., Ph.D., Senior Vice President, Translational Medicine, Global Head of Biomarkers & Genomic Medicine

4 min

がんバイオマーカーの開発を加速させる新しいオミクスデータとディープラーニング

バイオマーカーは、がんの診断やステージの判定に不可欠であり、精密に標的を絞った治療の恩恵を最も受ける患者さんを特定する場合にも欠かせません。治験依頼者はバイオマーカーを使用して適切な患者さんを選択し、副作用を最小限に抑えながら治験参加者が治療に反応する可能性を最大限に高めることで、より効率的かつ迅速に治験をデザインできます。しかし、多くのがんには信頼性の高い適格なバイオマーカーがありません。パレクセルでは次世代の分析ツールや分析技術を活用し、クライアントが後続の開発工程で検証可能な診断、予後、予測に役立つバイオマーカーを特定できるよう支援しています。最近のマルチオミクスと計算分析の進歩によって、プレシジョン オンコロジーにおけるバイオマーカーの発見や検証が加速していますが、その状況をAngela Quに尋ねました。

Q: 最新のマルチオミクスデータについて簡単に説明していただけますか?

科学者たちが最初に取り組んだのは、遺伝子内のDNA (ゲノミクス)、RNAレベルでの遺伝子の発現 (トランスクリプトミクス)、およびタンパク質産物の発現 (プロテオミクス) を調べることでした。また、化学マーカーがDNA配列を変えずに遺伝子の働きをオン/オフする仕組み (エピゲノミクス) も理解する必要がありました。これらすべてのプロセスはヒトの代謝全体 (メタボロミクス) と相互作用し、これについても明らかにする必要があります。このような多様なデータストリームを総称して「オミクス」と呼びます。オミクスは、がんのバイオマーカーの探索と検証の方法を一変させました。

免疫系と標的治療のどちらからも逃れたがん細胞は際限なく増殖し、疾患を進行させます。この増殖能力を抑制することは、患者さんとそのご家族にとって極めて重要です。科学者は近年、特定の解剖学的コンテキスト内でのゲノムの内容と活動 (空間ゲノミクス) を研究し始めました。この分野は革新的で、プレシジョン オンコロジーの前臨床および臨床研究に大きな変化をもたらす可能性があります。がん細胞は急速に変化する3次元環境に存在するため、殺傷するのが非常に困難です。腫瘍の局所的な微小環境をマッピングすることで、悪性腫瘍がどのようにして免疫細胞の監視の目を逃れ、身体の特定の部位で増殖し続けるのかをより深く理解できる可能性があります。

Q: マルチオミクスデータはバイオマーカーの発見にどのように貢献しますか?

従来のバイオマーカーは、単一の遺伝子 (または遺伝子セット) や特定の種類の循環細胞のタンパク質発現のような1つのモダリティのレベル、または存在の有無を測定しますマルチオミクスは、より複雑なハイブリッドバイオマーカーを構築し、患者さんの診断、予後予測、および治療結果の予測をより正確に行うことを可能にしています。

弊社は最近、がんに対する併用療法を開発している企業に協力し、予測バイオマーカーの発見を支援しました。この研究をサポートするため、社内のバイオマーカーおよびゲノム医療チームから、オンコロジーに特化した計算生物学と統計遺伝学の専門知識を持つ科学者を選んで割り当てました。このプロジェクトは、循環腫瘍DNA (ctDNA)、サイトカイン、組織生検と体液生検、画像データなどの複数のデータ層を組み合わせて扱うため、非常に複雑です。これまで1つの遺伝子の変異のような単一の情報層から、この困難ながんの予測バイオマーカーが得られたことはありません。そのためこのプロジェクトでは、複合バイオマーカー (すなわちバイオマーカーのセット) を構築した後、レスポンダーと非レスポンダーを区別する能力によって、その複合バイオマーカーを検証することを目標としています。パレクセルの科学者は、治験依頼者の下に常駐してデータを分析し、インサイトを引き出し、結果を要約して報告します。この協働モデルは非常に効果的で、新しい方法論や革新的なバイオマーカーを複数のクライアントに一貫して提供しています。

多くの企業が、併用療法に良好に反応する患者さんを特定する予測バイオマーカーの発見に懸命に取り組んでいます。がん患者に対する2つの標的療法の併用の治療効果を予測することは、複雑な作業です。この事例のクライアント企業は、プロジェクトのために改良された分析手法を自社の標的腫瘍治療のポートフォリオ全体に使用することを目指して、多額の投資を行いました。

Q: AI/ML/DLの最近の進歩はこの分野に影響を与えていますか?

機械学習 (ML) やディープラーニング (DL) などのAI解析技術の進歩により、従来のオミクスと空間ゲノミクスなどの新たなオミクスを組み合わせることが可能になりました。拡大し続けるオミクスデータは膨大であり、このような強力な新しいツールがなければ、その意味を解明することは不可能でしょう。

たとえば、ML/DLを使用すれば、がん患者さんの診断、予後予測、治療への反応の予測に使用されている組織病理画像データの処理と分類を自動化できます。デジタル組織病理学 (デジタル化されたスライド画像で捕捉された細胞および組織生物学を視覚的に解釈すること) には、パターンの識別と分析が必須です。従来、これは熟練した病理学者が手作業で行っていました。画像データを取り入れた従来にはない複合バイオマーカーの誕生は、この歴史的に手作業で行われてきたプロセスを自動化しなければ、実現不可能でした。

機械学習 (ML) やディープラーニング (DL) などのAI解析技術の進歩により、従来のオミクスと空間ゲノミクスなどの新たなオミクスを組み合わせることが可能になりました。

Q: AI/ML/DLはすでに具体的な成果を上げていますか?

もちろんです。弊社の計算科学者は最近ある大手製薬会社と協力し、肺がんの組織学的サブタイプ分類に関する既存の方法論を改善しました。この共同科学チームは独自のデータソースや、がんゲノムアトラス (TCGA / The Cancer Genome Atlas:合計2ペタバイトを超える豊富なゲノム、エピゲノム、トランスクリプトミクス、プロテオームのデータを有する公開リポジトリ) などの公開データソースから取得したホールスライド画像を使用して、ディープニューラルネットワークをトレーニングしました。その目標はサブタイプ分類方法論の精度、特異性、感度を向上させることです。AI/ML/DLベースの計算病理学アルゴリズムを適用することで、他のがんやがんサブタイプの診断にすぐに役立つ可能性のある有望な方法論的アプローチをいくつか開発しました。

別の成功したプロジェクトでは、弊社のバイオマーカーおよびゲノム医療チームが治験依頼者と緊密に協力し、キメラ抗原受容体 (CAR) T細胞の顕微鏡スライド画像データの分析に新しいDLアプローチを適用することで、免疫細胞の特性評価の自動化を実現しました。これにより得られたアルゴリズムは、細胞表現型の特徴の区別において高い予測精度を示しました。この方法論は引き続き改良と検証が行われていますが、CAR T細胞療法や細胞画像バイオマーカーの発見や開発にとって、かなり有望であると見込まれています。さまざまな種類の免疫細胞を含むがんの免疫環境についての私たちの理解には、根強いギャップがあります。この微小環境をモニタリングすれば、治療の前後に顕微鏡検査を実施し、DLなどの方法で細胞の特徴をより複雑な次元で分析できるため、ある特定の治療が免疫細胞に及ぼす影響を定量化できる可能性があります。

弊社の計算科学者は最近ある治験依頼者と協力し、肺がんの組織学的サブタイプ分類に関する既存の方法論を改善しました。この共同科学チームは独自のデータソースや、がんゲノムアトラス (TCGA / The Cancer Genome Atlas) などの公開データソースから取得したホールスライド画像を使用して、ディープニューラルネットワークをトレーニングしました。

Q: バイオマーカーを開発する企業にとっての最大の課題は何ですか?

オンコロジーに従事している企業のほとんどは、臨床開発におけるバイオマーカーの価値を認識しており、バイオマーカーを取り入れるのに意欲的です。バイオマーカー研究のために患者さんのサンプルを収集し、適切に保管しようと考えているオンコロジー医薬品開発者が増えているのは喜ばしいことですが、そのような医薬品開発者は往々にして、初期の探索的バイオマーカー研究を終えた後の技術的、分析的、臨床的なバイオマーカー検証に必要な労力を過小評価しがちです。

技術的検証には、そのアッセイが分析対象を正確かつ再現性を持って測定できるかどうかを確認することが含まれます。臨床的検証では、バイオマーカーがなんらかの反応や安全性シグナルと相関していることを治験で実証する必要があります。バイオマーカーを適切に検証するには、早期の計画が不可欠です。たとえば、治験でバイオマーカーを検証するには十分な検出力を確保する (十分なサンプル数を登録する) ことが必要です。また、治験で比較対象として使用できるゴールドスタンダードのバイオマーカーがあるかどうかも調べなければなりません。

多くの企業はバイオマーカー研究において、ばらつきと不均一性が高いことに驚きます。ばらつきは特に患者集団、検査機関のパフォーマンスと適格性、検査プラットフォーム、サンプル処理に認められます。これらの要因はバイオマーカーの性能に影響を与える可能性があり、検証中に対処する必要があります。たとえば、異なる検査機関、プラットフォーム、治験実施施設の間でアッセイの標準化を確保することは、かなりの難題です。目標は一貫性と強固な検査互換性を維持することにあります。パレクセルはアッセイの選択、適切な検査機関の選択、開発および検証中の技術的検討事項の優先順位付けについて、治験依頼者を支援しています。

多くの企業はバイオマーカー研究において、ばらつきと不均一性が高いことに驚きます。ばらつきは特に患者集団、検査機関のパフォーマンスと適格性、検査プラットフォーム、サンプル処理に認められます。

Q: この仕事でご自身を突き動かし続けるものは何ですか?

AIなどの分析の進歩が、がん治療薬の開発を加速させ、患者さんに直接的な利益をもたらすのを目にすることは、大きな励みになります。この重要な取り組みの一員であることに私たちは誇りを感じています。正確な診断を下すには診断バイオマーカー、患者集団を層別化するには予後バイオマーカー、そして治療に反応する可能性が最も高い患者さんを見つけるには予測バイオマーカーが必要となります。これらは精密に標的を絞った治療法の治験において、徹底的な選択/除外基準を定義するときや、既存の治療法によって治療の道筋を立てるときに役立ちます。

治験依頼者と協力して新たなインサイトを生み出し、課題を解決することで、プレシジョン オンコロジーへの責任を果たし、より多くの患者さんに利益をもたらすことができます。パレクセルのグローバル バイオマーカー チームを率いることを光栄に思います。ゲノミクスと遺伝学、生物分析、計算生物学、統計遺伝学、データエンジニアリングの専門知識を持つ約50名の優秀な科学者で構成されたこの素晴らしいチームと知識を共有し、日々新しいことを学ぶことに刺激を受けながら、情熱を持って取り組んでいます。

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