1998年から2022年の間にFDAによって承認されたがん治療薬198製品のほぼ半数 (43%) が、患者さんの特定を分子バイオマーカー検査に依存しています。これらのプレシジョン オンコロジー (PO) 承認の割合は2017年以降急増し、1998~2017年には1年あたり平均1件だったものが、2017~2022年には1年あたり平均8件までに増加しました 1。規制当局は遺伝子治療やキメラ抗原受容体 (CAR) T細胞治療などの PO 製品をより早く患者さんに届けるため、これまでよりもさらに早い開発の初期段階で承認しています。たとえば1980年代に全奏効率が5%であったファースト イン ヒューマン第I相がん臨床試験は、今日では15~30%の奏効率を示し、バイオマーカーを標的とした薬剤の奏効率はさらに高まっています 2。
残念なことに臨床開発と規制当局の承認を迅速に進めても、必ずしも患者さんがPOをすぐに利用できる状況にはなっていません。医療技術評価 (HTA) 機関、保険者 (国家政府および民間保険会社)、および処方者は、新製品のベネフィットとリスクについて厳密なエビデンスに基づくプロファイルを依然として求めています。
しかし、PO治療の開発経路では、通常、償還や市場アクセスを遅らせる可能性のある科学的エビデンスに重大な抜けが残されています。医薬品治験依頼者は迅速化された規制上の承認経路をとることが多く、そのため安全性と有効性の比較データが網羅されていない結果となります。ピボタル有効性試験は倫理的および実用的な理由から単群非盲検試験になることが多く 3、従来の臨床転帰ではなく循環DNA (ctDNA) 量の変化など、反応のバイオマーカーを含む代替評価項目を使用する場合があります。
分子標的の急増によって非小細胞肺癌 (NSCLC) など、以前は大まかだった診断分類が、PD-1、EGFR、ALK、BRAF、KRAS、NTRKなど、実用的なバイオマーカーの有無によって定義されるより小さなサブグループに細分化されています。その結果、無作為化試験 (RCT) は実行可能性や関連性が低下しています 4。質の高いリアルワールドデータ (RWD) から導かれるリアルワールドエビデンス (RWE) は、開発者、規制当局、保険者が有効性と安全性を確認するためのますます重要な手段となっています。
プレシジョン オンコロジーにおけるRWDの収集と分析の課題
RWDによる有効性の確立は方法論的な課題です。電子健康記録 (EHR)、保険請求データ、疾患レジストリなどの二次データベースは、標準化するには異種性が高く複雑です。また、質の高いRWEを創出するための十分に確立された統計的なガイドラインもありません。
二次データソースは、プレシジョン オンコロジーにおける整理と分析に特有の難しさがあります。RWDは日常的な臨床ケアを通じて収集されますが、プレシジョン オンコロジーでは非標準のバイオマーカーと転帰データが要求されます。たとえばがん患者さんが、腫瘍の遺伝子プロファイルと代謝プロファイルを明らかにするための次世代シーケンス解析パネル検査を定期的に受けることはありません。腫瘍組織学的検査や治療転帰など、精密なアプローチに必要な最も有用なEHRデータの一部は、中核となるEHR記録に付随する構造化されていないスキャン文書やメモの中に存在し、これが検索や整理の課題の原因になっています 5。POの活用を加速するには治験登録の有無にかかわらず、すべてのがん患者の日常的な臨床ケアとEHRにこのような指標を組み込む必要があります。
パレクセルは何百名もの治験依頼者とともに課題を克服し、製品ライフサイクル全体を通したRWE戦略を開発して、臨床開発の情報提供、リスクの軽減、患者さんの体験の向上、規制当局および保険者の要件を満たしてきました。これまでRWEを用いて治験依頼者を支援してきた5つの有効なアプローチについてご説明します。
1. ベネフィットとリスクを厳密に定量化するための市販後試験
FDAは最近、すべてのCAR T細胞療法に枠囲み警告を追加し、標的療法のベネフィット・リスク比を定量化するための長期的なリアルワールド試験の重要性を強調しました 6 。米国ではFDAのリスク評価および緩和戦略 (REMS) 文書と、承認通知書に記載されている市販後の検討事項及び市販後の要件 (PMC/PMR) が、市販後の活動を対象としています。EUのEMAは、それらを自主的または強制的な市販後安全性試験 (PASS) と市販後有効性試験 (PAES) によって規定しています。他の規制当局でも、承認を受けた治療の安全性と有効性を評価するための市販後の要件があります。
最近、弊社は治験依頼者と協力して、将来の保険の要件を裏付けるためのデータを収集しながら、市販後の安全性と有効性に関する規制要件を満たす非介入研究をデザインしています。ある医薬品治験依頼者は、希少がんを治療するプレシジョン治療の承認を受けました。この病態には複数の腫瘍タイプがあり、多くのエキスパートや専門家に相談する必要があるため、患者さんの診断と治療経路が複雑になります。たとえば確定診断を受ける前に、1人の患者さんが神経科医、婦人科医、胃腸科医、腫瘍科医を受診することがあります。製品は市販後の要件付きで承認されていますが、HTA機関は償還のための審査を行う必要があるため、米国以外の患者さんはこの製品をまだ使用できていません。
パレクセルのハイブリッドなアプローチでは、米国 (製品が最初に承認および処方された国) での従来の前向き試験をデザインし、そのデータを他の国 (その医薬品が承認されているが、まだ償還が行われていない国) から既存のレジストリソースで増強して、薬剤曝露に関連する有効性の結果を評価する計画でした。
PASS、PAES、長期追跡調査 (LTFU) などの市販後試験をデザインするために疫学の専門知識は不可欠です。これらの試験は、遺伝子や代謝のプロファイリング検査へのアクセスの格差、診断、検査、治療の間隔の時間差が患者さんの転帰に与える影響を測定するなど、治療パスを評価することによって製品の普及を支援することにもなります。
2. プロトコルのデザインと評価項目の最適化
分子マーカーおよび遺伝子マーカーを用いてPO治験の対象集団を特定します。介入の効果が認められたのが特定のサブセットのみの場合、その対象集団が厳密に定義されていないと、治験は有効性を実証できない可能性があります。RWDを使用すると、治療パターン、標準治療 (SoC)、治療ライン、関連する評価項目など、対象集団を特定して十分な特徴付けが行えます。
HER2低発現の乳がん患者さんを対象とするEnhertu (fam-trastuzumab – deruxtecan-nxki:トラスツズマブ デルクステカン) が提示しているのは、RWEによって治験デザイン情報が提供され、患者さんが恩恵を受けられた典型的な例です。この薬剤がHER2陽性患者さんのみを対象に承認された後、RWDの分析によって、HER2陰性に分類された患者さんの多くがHER2低発現患者であり、治療による恩恵を受けられる可能性があることが示されました。治験依頼者はRWEを用いてHER2低発現患者選択のしきい値を微調整し、評価項目を選択して、HER2低発現患者の無増悪生存率および全生存率の有意な改善を明らかにしました 7。
疫学研究はバイオマーカーやアウトカムが新規の場合、その関連性を確立するために使用されます。課題は多くのRWDソースに適切な分子マーカーや評価項目が含まれていないため、適切な代替項目を特定するための追加の検証研究が必要となる点です。
製薬会社や機器関連会社の中には、第IV相試験および観察研究を早期に計画するか、または外部対照群 (ECA) あるいは治験の既存群への補足としてRWDを追加してピボタルRCTを補完することによって、エビデンス創出戦略全体の中核コンポーネントとしてRWEを取り入れる企業もあります。
3. 外部対照群
PO治験において同時期のプラセボ群またはSoC群が倫理に反していたり、現実的でなかったり、または時機を逸している場合、治験依頼者は単群試験を実施することがよくあります。これにより規制当局が、対照群なしで薬剤の効果を評価しにくい状況が生まれます。小規模な非対照試験で観察された結果の真偽を判断することは困難です。それでも正当な安全性のシグナルを、偶発的または自然な疾患過程の一環として生じているものとは区別することが重要です。
1つの解決策としては、RWEに基づいてECAを構成することです。ECAは治験の外部の臨床データを対照群として収集および分析するための革新的なプロセスです。その集団が対照群の基準を満たしていれば、従来のRWD、レジストリ、その他の前向き試験、またはその他のRCTから該当データを利用することができます。
ECAを用いた治験のデザインと実施は、従来の治験のものと同程度の厳格さが必要です。状況が許す場合は、同じ疑問に答えることになる理想的な (仮定的な) 無作為化試験群を、外部データを使用して明示的に再現する必要があります。FDAは臨床効果の証明のために、RCTの代わりにRWEに基づくECAを日常的に承認することはないかもしれませんが、担当機関のECAに対する見解は変化しています。担当機関は最近、外部対照群による実施に関するガイダンス草案を公開しました 8。
ECAでは実薬治験群と1例ずつマッチングした患者コホートからの患者レベルデータが必要になることがよくあり、どちらも同じ方法で臨床評価項目を測定します。既存対照では患者さんのマッチングが可能である場合がありますが、組み入れられる患者さんはこの無作為化比較試験のプロトコルとは時期がずれています。POではSoCの進化が早いため、既存対照が問題となる場合があり、既存対照が計画された治験の対照群を再現していない可能性があります。
機関の厳格なデータの完全性および一貫性の基準を満たすためには、疫学、生物統計学、臨床の専門スキルが必要になります。
パレクセルでは複数のクライアントと協力して、ECAの実現可能性、デザイン、および実施を評価してきました。あるプロジェクトではFDAが審査中の併用レジメンの有効性への寄与を明らかにするために、標的腫瘍薬のECAを作成。過去の患者データと、事前に規定した9つの予後に関するベースライン共変量についてコホートのバランスを調整するマッチング方法を用いて、治験薬の追加的な治療効果の推定を行いました。また、再発神経膠芽細胞腫 (rGBM) の標的治療の承認申請のための第III相試験に向けて、治験依頼者がハイブリッドECAをデザインできるよう支援しました。FDAによって承認されたこのデザインでは、前向き対照患者数が3分の2に減少しました。
4. 適応症の優先順位付けと対象製品のプロファイリング
一部のPO製品では臨床開発を進めていく速さでリスクが上昇し、製品の進展にかかわる決定の影響度合いが高まります。RWEによって開発者は、より適切な意思決定が可能になります。
弊社は現在および今後のPOアセットポートフォリオのために、がん適応症の優先順位付けができるモデルを作成するという依頼を治験依頼者から受けました。このモデルを独立して使用したいという要望を受けて、他にも転用できるように構築しました。パートナーのPartexの広範な知財情報を構成する専有IP、公開IP、生物学的IP (オミクスおよびシーケンス解析データを含む) と、弊社の臨床およびRWDの専門知識を組み合わせて、独自のソリューションを提供しています。
データの正規化は主な課題です。たとえばEHRデータには、標準化された用語と疾患コードがないことが多発性硬化症 (MS) においてRWDを使用する上で障害になっていました。弊社はEHRの診療記録と請求データに基づくアルゴリズムを開発し、クライアントが主要なMSアセットの対象となる患者さんを特定できるようにしました。このHERアルゴリズムでは、99%の精度でMS患者を特定しました 9。
パレクセルは医療データ戦略担当者、疫学者、医師、高度な分析のエキスパートから構成されるチームを擁し、開発の決定に関する情報を提供できる質の高いRWEの科学的、臨床的、およびデータの整合性を確保しています。
弊社は現在および今後のPOアセットポートフォリオのために、がん適応症の優先順位付けができるモデルを作成するという依頼を治験依頼者から受けました。このモデルを独立して使用したいという要望を受けて、他にも転用できるように構築しました。パートナーのPartexの広範な知財情報を構成する専有IP、公開IP、生物学的IP (オミクスおよびシーケンス解析データを含む) と、弊社の臨床およびRWDの専門知識を組み合わせて、独自のソリューションを提供しています。
5. レジストリデータを使用した治験登録のリスク軽減
確立された疾患レジストリは、薬剤に曝露していない患者さんまたはSoCを受けた患者さんに関してデータを提供することも可能であり、規制当局と保険者が治験データの背景を考慮できるようになります。治験依頼者によっては、固形腫瘍やバイオマーカーの種類を問わず横断的に扱う製品にかかわるときは長期的に考え、関連するがんやバイオマーカーを持つ患者さんを含む既存のデータベースを積極的に探索し、治験開始時にデータを確保するようにしています。
疾患レジストリはできる限り診断が近い患者さんを登録し、疾患の経過の長期的な評価を提供することが理想的です。このような研究では治療が提供されないため、患者さんは通常、利他的な理由から登録されますが、後々の治験への参加を可能にする場合があります。
パレクセルではいくつかの疾患レジストリや患者支援団体と協力して、患者さんの特定と治験への登録を迅速化しています。この領域はデータ共有や知的財産に関する課題を抱えながらも急速な進化を遂げている分野であり、透明性とコラボレーションが科学を前進させています。
プレシジョン オンコロジーの成功の鍵であるRWE
規制当局はRCTでは得られない重要な情報をRWEでは得られる可能性があることを理解していますが、エビデンスに基づく基準を満たし、有意義で正当化できる情報であることを求めています。プレシジョン オンコロジーでは、RWEを製品上市の一時の戦術的な競争に供するのではなく、持続的な戦略に昇格させる必要があります。 治験依頼者は製品ライフサイクル全体を通して質の高いRWEを展開し、製品計画の最適化、患者ケアのパス分析、治験募集の迅速化、開発に関する決定のリスク軽減、市場アクセスの促進を可能にします。主なベネフィットは、従来の転帰データ収集をより効率的なRWD収集戦略に代えることで、患者さんと施設の負担が軽減されることです。
規制当局はRCTでは得られない重要な情報をRWEでは得られる可能性があることを理解していますが、エビデンスに基づく基準を満たし、有意義で正当化できる情報であることを求めています。プレシジョン オンコロジーでは、RWEを製品上市の一時の戦術的な競争に供するのではなく、持続的な戦略に昇格させる必要があります。
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