米国、EU、中国における細胞・遺伝子治療の規制で注意すべき5つの落とし穴とその回避策

By Mingping Zhang, Vice President, Technical - Regulatory Strategy
Steve Winitsky, M.D., Vice President, Technical - Regulatory Strategy
Rajiv Gangurde, Ph.D., Vice President Technical - Regulatory Consulting
Sinan Sarac, M.D., Ph.D., M.Sc. , Senior Vice President, Head, Regulatory Strategy Europe
Pengfei Song, Ph.D., Vice President, Regulatory Strategy
Christiane Niederlaender, Ph.D., Vice President, Technical - Regulatory Consulting

10 min

米国、EU、中国における細胞・遺伝子治療の規制で注意すべき5つの落とし穴とその回避策

FDA、EMA、中国の国家薬品監督管理局 (NMPA) を含む世界の規制当局は、複雑な細胞・遺伝子治療 (CAGT) 製品の申請急増に直面しています。競争の激しい分野においては、治験依頼者は臨床保留やその他の遅延や後退を招く可能性のある落とし穴を避けるため、国内外の両方の観点で巧妙な規制戦略を持つ必要があります。パレクセルの元規制当局職員と業界専門家が、企業が直面する5つの問題を予測し、その対処法について説明します。

最近の分析によると、FDAは2022年1月から12月中旬までに747件の臨床保留を命じており、これは2017年から2021年の年間平均664件をすでに上回っています。¹ 当局関係者は、この増加はCAGTが要因とみられると述べており、これを受けて議会が調査に乗り出しました。² FDAは世界的なCAGT規制の頂点に位置しているため、こうした臨床保留の判断は通常、他の地域にも波及する傾向があります。企業は初期段階での予期せぬ有害事象など、新たな安全性シグナルによる保留は避けられない場合がある一方、非臨床試験や製造上の問題、規制に関する理解不足、コミュニケーション不足による保留は、多くの場合防ぐことが可能です。

企業が講じるべき5つの予防策

予防策:段階に応じたCMCロードマップをデザインする

CAGTの開発者は、「製品の有効性がわからない段階で、なぜ早くから化学、製造、品質管理 (CMC) に多額の投資をしなければならないのか」という問いに悩まされます。投資家から圧力を受け、資金不足に頭を抱え、開発スピードを早める規制の状況下では、あらゆる判断において時間とコストのバランスを考えなければなりません。しかし、CMCにおける小さな妥協や食い違いが、後々大きな問題へと発展することがあります。 

たとえば、新興企業はしばしば適切な力価試験の選定、適格性評価、検証に苦戦することがあります。CAGTの規制当局は、一貫して測定可能な品質特性を持つ製品の製造工程を証明することを求めるため、これらは極めて重要なポイントとなります。また、開発の過程で治験依頼者が製造工程を変更することは避けられませんが、その場合、市販製品が治験で使用されたものと同等であることを示す証拠を当局に提出する必要があります。 

典型的なケースとしては、企業が学術機関から技術のライセンスを受ける形があります。たとえば、博士研究員があるアッセイを開発し、データを発表したとします。しかし、査読付き雑誌に掲載されたアッセイが、必ずしも現行の適正製造基準 (CGMP) に準拠しているとは限りません。開発者がアッセイの再現性に問題があることに気付いたにもかかわらず、その問題に対処せずに開発を進める誘惑にかられることもあります。製造工程の各段階は密接に関連しているため、このような判断ミスには、悪影響をもたらす可能性があります。

パレクセルではCAGTのお客様に対して、段階に応じた力価試験を構築するようアドバイスしています。製品の重要な品質特性を段階的に特定し、機能試験から細胞ベースの試験へと進めます。第I相試験では、製品の作用機序を完全に反映した生物学的試験を構築する必要はありません。ほとんどの場合、導入遺伝子によるタンパク質発現のような活性を合理的に保証する機能を測定する試験で十分です。弊社ではFDA要件に関する知見を基にギャップを分析し、製品特性評価のタスクを「すぐに対応が必要なもの」と「2年後でも対応可能なもの」に優先順位付けします。 

CMCの問題に対する答えは、必ずしも早期開発、コスト増、期間延長ではありません。少しの追加の努力と、より戦略的に取り組むことで、効率的に乗り越えることができます。規制当局の期待に沿ったタイムラインを含むCMCロードマップを作成することは、賢明な判断です。CAGTの場合、第I相試験からそのまま重要な有効性・安全性試験に容易に移行できるため、製品の特性評価や製造の改善に要する時間は、他の治療法よりも少ない傾向にあります。CMCのロードマップと綿密な計画的アプローチは、成功を左右する決定的な要因となる可能性があります。

予防策:体系的な科学的・臨床的根拠を構築する

FDAの審査官の立場になって想像してみてください。あなたには新規の細胞・遺伝子治療に関する治験薬 (IND) の申請を30日以内に審査する責任があり、そのうち少なくとも半分の時間は、治験依頼者とのやり取りや内部での議論に充てる必要があります。そんな中で構成が不十分で読みづらい、300ページにも及ぶ申請書を読まされるとしたら、どう感じるでしょうか。複雑な科学的問題や厳しい期限、患者さんの安全性を確保する必要がある状況では、データを迅速に把握できなければ、INDの臨床保留を命じなければならなくなる可能性があります。

私がFDAでCAGTのIND申請を審査していたとき、科学的実績に優れた大手企業ですら、扱いにくいIND申請書を提出してくることが日常的にありました。最近、私はあるお客様と仕事をしたのですが、その企業は前臨床プログラムの一環として、6種類の異なる動物モデルで薬剤を試験していました。なぜこんなに多くのモデルを使ったのでしょうか。同社はその薬剤の作用機序 (MOA) を考慮すると、標的適応症で用いられる標準的な動物モデルでは適切なデータが得られないと判断したのです。その企業はモデルの限界を克服するために多くの追加試験を実施し、さまざまな動物モデルを用いて安全性や有効性に関する特定の問題に対処しました。しかし、提出されたIND申請書には、6つの試験データがただ羅列されているだけで、各試験で得られた知見や、なぜこれだけのモデルを使った理由についての説明はほとんどありませんでした。はたしてFDAの審査官がこれらの情報をすべて読み込み、治験依頼者やその上司とやり取りする時間を確保できるでしょうか。その答えは「可能」です。ただし、それを30日以内に行えるかというと、彼らの膨大な仕事量と他の優先事項を考えれば、必ずしもそうとは言えません。 

FDAの審査官が求めているのは、よく整理された、構造化された文書です。文書の構成とその根拠が明確であれば、追加の説明や確認が不要になることもあります。しかし、実際には治験依頼者は、患者さんのアンメットニーズや治療状況といった臨床ストーリーに時間と労力をかける一方で、CMCや非臨床セクションは要約さえ必要のない単なるデータ集のように扱うケースが非常に多く見られます。実際にはこれらのセクションこそが、科学的・技術的ストーリーを簡潔に語るべき部分なのです。INDの申請では、1.製品のターゲットバリデーションとMOA、2. 特定の疾患および患者サブ集団を選定した理由、 3. ファースト イン ヒューマン試験の最適な開始用量をどのように決定し、そのベネフィット リスクプロファイルがなぜ妥当と判断されたか、の3つの論拠を示す必要があります。  

CBERのリソースは不足していますが、IND申請前にpre-INDミーティングを実施することは良い考えです。現在、FDAは通常これらに文書回答のみ (WRO) で対応しているため、pre-INDミーティングのスケジュールの遅延は軽減傾向にあります。企業が審査官と直接対話できる機会は限られているため、質問の優先順位を明確にし、自社の立場を簡潔かつ的確に整理することが極めて重要です。明確に考え、文章を書くには時間と訓練が必要ですが、これによって企業はプログラムを担当するFDAチームとの信頼関係を築くことができます。

予防策:ガイドラインを熟知する

EMAは細胞・遺伝子治療の承認件数で世界をリードしています。2023年4月時点で17件の遺伝子治療医薬品 (GTMP) を承認しており、これはFDAより5件多い数となっています。こうした製品のほとんどは、詳細な規制ガイダンスの下で開発されました。たとえば、承認されたGTMPの86パーセントが「PRIME (PRImary MEdicines)」制度を利用しています。PRIME指定を受けたGTMP開発企業は、早い段階で専任の報告者が任命され、個別のサポートや繰り返し受けられる科学的助言 (SA)、プロトコルに関する支援 (PA)、審査期間の短縮など、さまざまなメリットを得ることができます。EMAはPRIME指定を受けられなかった企業 (および受けた企業) に対しても、GTMPの開発に関する数多くのガイドラインを公開しています。治験依頼者にとって、これらを十分に理解することが成功の鍵となるため、知識を深めることをお勧めします。

たとえば、EMAはイノベーション タスクフォース (ITF) を設置しており、革新的な製品・手法・技術を持つ開発者を支援しています。治験依頼者は90分間のITF申請前の相談を申請することが可能で、EU規制ネットワークの専門家と方法論的・技術的な問題について議論することができます。また、EMAの科学的助言作業部会 (SAWP) から助言を受けることもできます。しかし、こうした支援制度の存在を知らない企業は少なくありません。

企業は規制当局との面談前に、関連するすべてのガイドラインをしっかりと理解しておく必要があります。十分な準備をせずに審査官との面談に臨むことは、臨床保留につながるリスクの一つです。たとえば、EMAはGTMPなどの先進医療医薬品 (ATMP) の臨床開発チェックリストを作成しており、企業は助言を求める前にこのリストを熟知していなければなりません。これまでにEMAが承認したGTMPの17件中15件が希少疾病用医薬品です。希少疾患では単群非盲検試験が一般的なため、より幅広いデータを得る目的で、多くの企業がリアルワールドエビデンス (RWE) の収集を行っています。しかし、方法論に問題があると、後ろ向きRWEの試験をデザインしても意味がありません。当局は最近、より厳密なレジストリベース研究のデザイン方法に関するガイドラインを公開しました。

EMAのデータは、規制当局との効果的なコミュニケーションが成功の鍵であることを示しています。治験デザインで科学的助言(SA)を受けた企業は、成功率が高く、開発期間が短く、審査過程での指摘も少ない傾向にあります。GTMPの開発は非常に複雑で、予想外の障害がつきものです。他の治験依頼者が直面した問題を熟知している経験豊富な審査官から助言を得られることは極めて重要です。だからと言って、半年ごとにSA面談を気軽に要請することはできません。面談にはコストも時間もかかる上、SAWPも限られたリソースしかないからです。その代わりに企業は、規制当局との対話を戦略的なタイミングで計画に組み込み、それに備えて入念な準備を行う明確な戦略を立てる必要があります。場合によってはわずか1~2回の面談だけで、最後まで一貫して進められる効率的な開発方針を見つけ出せることもあります。

予防策:2つの規制経路を戦略的に活用する

中国は細胞・遺伝子治療 (CAGT) の治験における世界的なリーダーとして台頭しており、2021年3月時点で953件の治験が開始されています³。しかし、そのほとんどは初期段階に留まっています。中国は研究開発が活発である一方、国家薬品監督管理局 (NMPA) がこれまでに承認した細胞・遺伝子治療はごくわずかに限られています。特に中小規模のバイオ企業の多くは、中国におけるCAGTの治験が2つの独立した経路によって規制されていることを理解していません。一つの経路は、国家衛生健康委員会 (NHC) が管理するもので、大学や学術研究病院において医師主導治験 (IIT) が実施されます。IITの申請要件は病院ごとに異なる場合があり、この経路は商業化を目的としたものではありません。もう一つの経路は新薬の承認を支援するためにデザインされた経路で、NMPAの管轄下にあります。 

一部の企業は、中国人の治験責任医師や学術関係者との個人的なつながりを活用し、
IIT制度を利用して初期段階の治験を実施することを好む傾向があります。しかし、そうした企業は、医薬品審査評価センター (CDE) が治験薬 (IMP) の製造に関する管理・基準を厳しく精査することを理解していない可能性があります。これが大幅な遅延を引き起こす原因となります。NMPAの公式文書では、IITのデータも受け入れ可能とされていますが、実際にはデータの整合性やIMPの品質・一貫性に対する懸念から、ほとんど受け入れられていないのが現状です。そのため単一施設でのパイロット研究以外の治験については、NMPAへの治験申請 (CTA) に基づいて実施することをお勧めします。

NMPAはpre-CTAミーティングを実施しており、特にCAGTの申請においてはこのミーティングの活用が推奨されています。数年前までは、このミーティングを設定するのに1~2年かかることも珍しくありませんでした。しかし、現在ではミーティングの種類に応じて、当局は30~75営業日の対応期間を設けることが義務付けられており、改善が進んでいます。追加情報の提出を求められた場合には、スケジュールが大幅に延長される可能性もあります。弊社の経験ではタイプIIのミーティング要請の場合、書面での回答を受け取るまで、または対面ミーティングが実施されるまでに、通常は60営業日ほどかかることがあります。 

2015年以降、多くの改革が進み、外国企業にとって中国の規制環境は大きく改善されました。2021年5月には、中国はヒト用医薬品の承認に関する医薬品規制調和国際会議 (ICH) 運営委員会に3年任期で再選され、これにより国際規制基準との整合性がさらに強化されました。中国は未治療のがん患者が多く、治験コストが低く、治験参加者の募集も迅速であることから、多くの製薬企業にとって戦略的に重要な市場であり続けています。しかし、文化的・言語的要因や、中国独自の制度への理解不足が原因で開発がつまずくこともあるため、制度の仕組みをしっかり学ぶことが成功への鍵となります。

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予防策:FDAのコメントを「保留対象」の問題と「保留対象外」の問題に分類する

FDAは治験薬 (IND) 申請を審査する際に、2種類のフィードバックを提供します。一つは開発プログラム全体に関する一般的な質問や期待とコメントで、もう一つは提案されたプロトコルに対する具体的な「潜在的な臨床保留対象」のコメントと「臨床保留対象外」のコメントです。多くの企業は、どの問題が即座に対処すべき「臨床保留対象」の問題であり、どの問題が開発中に対応すべき「重要ではあるが臨床保留対象外」なのか、または「望ましいが必須ではない」事柄に関するコメントなのかを判断できず、IND審査過程で混乱することがあります。 

たとえば、FDAからよく見られる定型コメントとして「ヒト初回投与以降は、無作為化・二重盲検・プラセボ対照試験を実施することを推奨します」というものがあります。最近あるCAGT企業が、プラセボ対照試験が倫理的に適切でない、または対象患者集団の初期治験では実施が難しいと考え、FDAから臨床保留を命じられる可能性があるかどうかを尋ねてきました。これは細胞・遺伝子治療において、臨床保留の対象にはならないコメントの一例です。これらの第I相試験のほとんどは、単群非盲検試験です。ただし、このコメントは重要な有効性試験においては、より重要度が増す場合があります。FDAは臨床保留を命じないかもしれませんが、生物学的製剤承認申請 (BLA) の承認に必要な十分なエビデンスが揃っていないと指摘する可能性があります。したがって、FDAのコメントを保留対象と保留対象外に適切に分類し、いつ、どのように対処すべきか戦略的かつ的確に判断するためには、豊富な経験と過去事例の知識が必要となります。 

多くのCAGT企業は、複数の用量を製造する能力がない場合、第I相で1つの用量のみを評価し、それで「何とかなるのではないか」と考えることがあります。これは必ずしも臨床保留の対象になる問題ではありませんが、FDAは特にがんの適応症において、治験依頼者が用量最適化に努めることを求めています。FDAのオンコロジー センター オブ エクセレンス (OCE) が主導する新しい取り組み「プロジェクト オプティマス」は、企業が治験で適切な製品の用量と投与スケジュールを選ぶ方法の改善を目指しています。第II相の用量戦略を裏付ける十分なデータを得られない企業は、臨床保留などの重大な遅延に直面する可能性があります。その解決策の一つは、適応的デザインを用いた情報量の多い初期用量設定試験と、薬力学的モデルやシミュレーションを組み合わせる方法です。 

CAGT企業にとって、pre-INDミーティングやInitial Targeted Engagement for Regulatory Advice on CBER/CDER products (INTERACT) ミーティング (生物学的製剤の場合) は、第I相の治験デザイン計画や用量最適化計画についてFDAと相談する貴重な機会です。私がかつてFDAに在籍していたときも、pre-INDミーティングではそうした助言だけでなく、開発プログラムの「全体像」に関するコメントも提供していました。治験依頼者は厳しい予算管理や短期的なマイルストーンを達成しようと躍起になるあまり、こうした戦略的アドバイスに十分耳を傾けないことがあります。パレクセルではお客様に対し、FDAからのすべてのコメントを丁寧に確認し、それぞれの重要度に応じて優先順位をつけた上で、適切に対応するよう助言しています。

Contributing Experts

  1. Essley Whyte, L. (2023) “FDA Increasingly Halting Human Trials as Companies Pursue Risky, Cutting-Edge Drugs.” The Wall Street Journal, 10 January 2023.  Available at: https://www.wsj.com/articles/…ge-drugs-11673322324. (Accessed April 19, 2023)
  2. Eshoo, A. and Guthrie, B. (2023) Letter to Peter Marks, M.D., Director, Center for Biologics Evaluation and Research. 26 March 2023. Available at: https://guthrie.house.gov/upl…r_letter_3.26.23.pdf. (Accessed April 19, 2023)
  3. Yin, C. et al. (2022) “Gene and cell therapies in China: Booming landscape under dual-track regulation,” Journal of Hematology & Oncology, 15(1). Available at: https://doi.org/10.1186/s13045-022-01354-9.