複雑で革新的な希少疾患治験を成功させるための5つの戦略

By Martin Roessner, Corporate Vice President, Biostatistics
Jamie Pierson, Senior Project Leader, Parexel International

7 min

複雑で革新的な希少疾患治験を成功させるための5つの戦略

ランダム化比較試験 (RCT) では、単一の疾患適応症に対する単一の治療法の有効性を最大限の厳密さと最小限のバイアスで測定できます。しかし、希少疾患や超希少疾患を対象としたRCTは、実現困難なケースが多数を占めます。その理由として、患者数が少ない、病状のばらつきが大きい、病状が十分に理解されていない、急速に進行する致死的な疾患にプラセボ対照を用いることは倫理的に適切でない、といったことが挙げられます。

対照的に複雑な革新的治験デザイン (CID) では、1つ以上の疾患や患者サブグループを対象に、1つ以上の化合物に関する複数の疑問の答えを得ることができます。プロトコルの「適応的」修正を事前に規定しておくことで、治験の実施中に中間データ解析の結果に基づいて、プロトコルに変更を加えることが可能です。このような「適応」には、症例数の調整、無益性または安全性の解析結果に基づく群の除外、対象集団の拡充が含まれます。CIDは希少疾患に適しており、効率的 (患者さんを迅速に登録できる)、情報収集力が高い (治療効果に関するデータがより多く得られる)、倫理的 (患者さんがプラセボを投与される可能性が低い) という利点があります。その一方でCIDはより複雑で費用がかかり、ロジスティクス的に困難で、運用面および解析面でのバイアスのリスクが高くなります。 

パレクセルは適応的な要素を持つ革新的な治験デザインは、高度なチームワークを要する挑戦的な取り組みであると実感しています。これには生物統計家、臨床運営チーム、データ管理チーム、医療専門家、プロジェクトリーダー間の緊密な連携が不可欠です。これまでに30件以上の「バスケット」試験 (1つの医薬品を複数の条件下で調べる試験) を含む多数のCIDを実施してきた弊社は、何が機能し、何がうまくいかないかをその経験から学んできました。私たちのアドバイスには常識的なものもありますが、多くの企業や医薬品開発業務受託機関 (CRO) は、これらのベストプラクティスを一貫性と規律をもって実施することに苦労しています。 そのうちの5つを以下にご紹介します。

各コホートのリスクとコホート全体のリスクを毎週評価する

マスタープロトコルでは、複数の患者集団を対象に複数の医薬品を評価できます。バスケット試験にすると、複数の試験を一つにまとめることができます。しかし、リスク管理計画はそれぞれの適応症やコホートに合わせて調整する必要があります。たとえば、ある群に小児または高齢の患者さんを登録する場合は、そのコホートに特有のリスクが存在します。複雑なデザインでは、複数の治験を順次ではなく同時に実施する必要があり、リスク評価の流れが飛躍的に複雑になります。

パレクセルでは専任のプロジェクトリスク責任者が、システムベースのリスク評価および分類ツール (RACT) を使用して、初回および継続的なリスク管理活動を監督します。初回評価では、各治験コホートのデータの完全性と患者さんの安全性を確保するために不可欠な重要品質特性 (CtQ) 要因を特定します。CtQ指標の中には、適応型治験デザインに特有のものがあります。たとえば早期離脱率が上昇すると、症例数が減少し、結果が解釈不能になる可能性があります。治験参加者数を増やすために1つ以上のコホートを拡大する場合、新たに登録する患者さんが選択基準を満たさないリスクがあります。 

リスク指標を定義したら各コホートを個別に分析し、その後全体像を把握する統合的なリスク管理・軽減計画を策定します。一元的な統計データ解析計画では、適応型治験の主要リスク指標 (KRI) と品質許容限界 (QTL) に焦点を当てます。リスク管理は治験期間全体を通して定められたスケジュールに従って進めます。リスクが発現した場合に備えて、RACTで是正措置を事前に規定しておきます。リスク評価の頻度は治験開始時に設定しますが、再評価や柔軟性を考慮する余地も持たせます。適応型の希少疾患治験では各コホートおよび治験全体に対して、通常は週に1回以上、必要に応じてより頻繁に評価を実施します。

継続的にデータをクリーニングする

データベースをロックする前にアナリストチームがデータを「クリーニング」するという従来のデータ処理アプローチは、CIDにとっては時代遅れです。適応的な要素を持つ治験では、各段階でどのようなデータが必要となるかを厳密に計画する必要があります。これらのデータを継続的にモニタリングし、解析してクリーニングする必要があります。治験全体を通して、治験依頼者は独立データモニタリング委員会 (IDMC) とコミュニケーションを取る必要があります。これによりIDMCがデータをレビューして、治験の中止、修正、または新たな適応症や患者集団への治験の拡大に関する判断をタイムリーに下すことができます。

継続的なデータクリーニングには、データチームと臨床チームの緊密な連携が不可欠です。パレクセルが採用しているデータクリーニング手法では、最後の患者さんの評価後に最小限のタイムラグでIDMCに中間解析結果を提供できます。これまでの経験から、これはIDMCがタイムリーな意思決定を行うための前提条件であることがわかっています。小規模な企業は適応型治験の実施に必要なデータモニタリング要件を過小評価することがあり、頻繁なデータカットオフの必要性によって、、社内スタッフの負担が急速に増大する可能性があります。 

弊社の経験上、原資料検証、データクリーニング、クエリ処理が原因で修正または変更が必要となるデータの割合は全体の約3%にすぎません。私たちはすべてのデータにリソースを投入して労力を消費するのではなく、リスクベースのデータモニタリングアプローチを採用しています。これは治験開始時に定義したプロジェクト固有のQTLやKRIのような、重要な要因に的を絞ったものです。これにより継続的にデータを精査して新たなリスクを特定・軽減し、データセットの完全性を確保するための意思決定を行うことができます。 

施設に対して包括的な専任体制の支援を提供する

複数のコホートを伴う治験は、施設にとって実施が難しい場合があります。多コホート治験において単一施設でそれらのコホートを登録している治験スタッフに対し、弊社はロジスティクス面と精神面で多大な支援を提供しています。弊社の臨床開発モニターやプロジェクトリーダーは、この支援にかなりの時間を割いています。複雑なデザインの治験を運営するには、治験依頼者とCROがより複雑なプロジェクト管理体制を設ける必要があります。

たとえば弊社のあるお客様 (希少疾患に関する複雑な治験を実施している遺伝子治療会社) は最近、スタッフの支援と遅延の阻止を目的として、単一施設に専任の治験コーディネーターを追加で配属することを決定しました。その結果、同社は治験をスケジュールどおりに完了できました。

CIDの治験を開始する前に、私たちは各施設が必要とするものを特定し、治験の成功に向けて施設にトレーニングと支援を提供するロジスティクス基盤を構築します。たとえば希少疾患の多コホート試験を実施する施設で、小児の患者さんと成人の患者さんを別々の群に登録するとします。リスク、投与量、データ収集スケジュール、同意書、その他の治験文書は、群によって異なります。弊社は最近、がん適応症がそれぞれ異なる14のコホートを含む治験を実施しました。各施設では病状に応じた異なる標準治療を実施しながら、異なる評価スケジュールと投与レジメンに対応する必要がありました。治験の各群にはそれぞれ固有のリスク管理計画が用意されていて、各施設は登録および治療するコホートに合わせた支援を受けました。

患者さんのオンボーディングを綿密に追跡し管理する

希少疾患の患者さんは急速に進行して末期症状に陥ることが多いため、適格性を満たしたら直ちに治験に参加したいという意欲を持っています。多くの患者さんにとって、治験は患者さんが受ける唯一の治療法であり、その後のフォローアップケアも含まれます。希少疾患の治験は症例数が少ないため、一人ひとりの患者さんのデータがきわめて貴重となります。書類手続き、施設トレーニング、翻訳サービス、治験資材供給などの問題によって、患者さんの登録や治療が滞ることは避けなければなりません。各患者さんが治験にいつ参加できるかを把握することは重要であり、遅延がないようにする必要があります。

パレクセルでは適格性の確認から同意取得、初回治療へとスムーズに進行できるように、各治験における患者さんの「枠」の割り当てを追跡しています。また、施設と連絡を取り合って登録のタイミングを正確に予測しています。さらに患者さんや施設の都合でスケジュール変更が必要になった場合に備えて、常に予備の患者さんを手配しています。こうすることで患者さんの期待を裏切ることなく、治験責任医師が患者さんと交わした治験参加時期の約束を守れるようにしています。

弊社が最近携わったある第I相試験では、最初のコホートに3例の患者枠が用意されていました。最後の3人目の枠を予定していた施設において、治験審査委員会の承認が期限までに得られませんでした。そのため、その枠に予定されていた患者さんを登録することができず、代わりに別の施設の患者さんが登録されました。このケースでは治験責任医師と参加予定だった患者さんの不満を解消し、施設との良好な関係を維持するため、枠の割り当てを見直し、IRBの承認取得後に当該施設を4人目の患者枠に割り当てました。このように書類手続きを期限までに完了すること、および問題が発生したときに迅速に解決できるよう綿密な計画を立てることは、非常に重要です。 

プロトコルのすべての改訂に対して十分な医薬品の供給を計画する

特に製造手順が複雑な高価で製品や、供給が限られている製品の場合、プロトコルを調整して新規の群を追加または既存の群を拡大したときに、医薬品の供給不足に陥る可能性があります。最近弊社が実施したある治験において、症例数の再評価によって患者数が20%増えました。残念ながら治験依頼者は十分な量の医薬品を手配しておらず、治験をすぐに拡大することはできませんでした。

プロトコルを頻繁に変更する場合は、医薬品の供給不足による患者さんの募集の遅延や中断を避けるため、万全なサプライチェーンのロジスティクスが必要になります。パレクセルではすべてのプロトコルの医薬品供給計画を精査し、最初の患者さんが治験に登録される前に、プロトコルのあらゆる変更に対応できる十分な医薬品の供給を確保しています。

複雑な革新的治験に関する最近のFDAガイダンス文書およびリソース

Topic Document
複雑な革新的治験デザインプログラムの拡張 (2022年10月) Complex Innovative Trial Design (CID) Paired Meeting Program / 複雑な革新的治験デザイン (CID) ペアミーティングプログラム
マスタープロトコルに関する最終ガイダンス (2022年3月) Master Protocols: Efficient CLinical Trial Design Strategies to Expedite Development of Oncology Drugs and Biologics / マスタープロトコル:オンコロジー医薬品および生物学的製剤の開発を促進する効率的な治験デザイン戦略
複雑な革新的治験デザインプログラムの拡張 (2022年10月) Expansion Cohorts: Use in First-in-Human Clinical Trials To Expedite Development of Oncology Drugs and Biologics / 拡大コホート:ヒト初回投与試験での使用によるオンコロジー医薬品および生物学的製剤の開発の促進

新興バイオテクノロジー企業は希少疾患におけるCIDの実施に苦労することが多い

十分な数の患者さんを探し登録すること、現実的な開発スケジュールを投資家に提示すること、治験全体の運営資金を枯渇させないこと。これらは新興バイオテクノロジー企業がCIDを実施する際に、しばしば直面する課題の一部です。これらの問題を解決するには、専門家による計画の策定が必要になります。パレクセルではプロトコルに所定のマイルストーンでの中間解析を組み込むことで、お客様が次のマイルストーンに向けて資金を調達できるよう支援しています。また、エビデンス生成に関する規制要件を満たすために必要な希少疾患、または超希少疾患の登録症例数の見積もりもサポートしています。さらにCIDのデザインと実施に関する豊富な経験を活かして、お客様が取締役会や科学顧問の承認を得られるように、データを基に治験の開始、登録、治療、追跡調査の期間を割り出して、予測スケジュールを立てています。

ご紹介したベストプラクティスの中に目新しいものは、ほとんどありません。しかし、希少疾患や複雑な革新的治験といったきわめて困難な環境においては、ミスや見落としがあっという間に積み重なって費用の増加、遅延、失望につながる可能性があります。これら5つの戦略を経験豊富なチームが規律と厳格さをもって遂行すれば、治験を軌道に乗せることができます。

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